旅立ち

f0126840_014520.jpg一昨日、家に帰ったら、仲間の一人が亡くなったとの連絡が入った。
昨晩(21日)がお通夜、本日が告別式である。
礼服に着替えて会場へ。会場の手前で、自販機にてコーヒーを飲む。
開始時間より半時間ほど早目に会場へ着いたら、会のメンバーばかりである。寂しい通夜だと思っていたら、始まる間際になってゾロゾロ人が集まってきた。(断酒会員は何かと時間より早く集まるのであった。)

 しばらくすると、読経が始まる。うちと同じ宗教らしく、聞きなれたお経である。じっと聞いていたが、お経が終わりに近付いた頃、葬儀屋が焼香台をセットする。絶妙のタイミングである。手馴れたもんだと感心する。

 しかし、焼香が始まってしばらくして、事態は一変する。坊さんが講和を始めたのである。
葬儀屋も面食らったろう。焼香が中断した。かれこれ何分経ったろう、参列者がざわめき始める。
「何をしてはんのやろ?」「講和やろ。」「お通夜で講和するん?」
「するとこもあるかも知れんけど、やるとしても(講和の対象は)親族だけやで。」「聞いたことないな。」

参列者の思いをよそに、坊さんは一人話している。
「雨、降って来たでぇ」(ちらほら雨が降り出した。)
「冬場は勘弁して欲しいなあ」(とにかく寒いのである。)

大体想像はつく内容だし、聞きたくもないのに、坊さんは話し続ける。横にいた会のメンバーは、うんざりした顔をしている。
会のメンバーに、小声で「まとめてください」と言った。この一言でメンバーにはこちらの想いが伝わる。

研修会に参加すると、多くの研修会で、研修会が始まる際、司会が、
「一人でも多くの方に体験発表していただくために、発表は一人、6分から7分でお願いします。」
とお願いする。一人で長時間発表しないでねという意味である。持ち時間をオーバーしても発表が終わりそうになければ司会は、「まとめて下さい」と、終了を促す。

それからも、坊さんは話し続けている。まとめる気配は一向にない。参列者は誰も聞いていない。
葬儀屋が「もう少しお待ちください」と参列者をねぎらってまわる。

研修会なら司会が「まとめてください」と言えるが、相手は坊さんである。坊さんの「ありがた~い」お話を誰も止められない。前のおばちゃんが、「この坊さん、話すのん好きやからなぁ・・・。」とつぶやく。
きっと「ありがた~い」お話なのだろうが、誰も聞きたくないのである。かがり火の近くの人はいざ知らず、寒気もして来る。
(風邪でも引いたらどうしてくれるんだ?)
(年配の方も多いのに、もし風邪をこじらせでもしたらどうするんだ?)
(その場合はまた坊さんが儲かるのか。なるほど・・・)
と不謹慎なことを考える。

ようやく、講和が終わり焼香が再開した。やれやれである。次はあのお経を始めるのだろう、と思っていたら、予想に反し坊さんは姿を消してしまった。「あれだけかよぉ!」あきれて物も言えない。

焼香の間、読経は一切ない。(何だったんだろう、坊さんの話は・・・。)
経文ならいざ知らず、講和は一種の「解釈論」である。寒空の中、訳知り顔で延々と話し続けた坊主。
難解な仏の教えを、平易に説いたと本人は満足しているのだろうが、これでは信者は集まるまい。
「断酒会の中にもこういう輩がいるなぁ」というようなことを考えていた。
生きてる人間の気持ちも判らんようでは、坊主は勤まらんわい。

うちに来る坊さんは、粗茶でも菓子でも、丁寧にお召し上がりになる。この坊さんとは大違いである。
「どこの宗派の坊さんやねん」とネットで調べてみたら、うちと宗派まで同じではないか。
同じ宗派にこんな坊さんがいるとは、がっかりである。寒気もして来たので、早めに風邪薬を飲んだ。

断酒会の知り合いが亡くなるのは何人目だろう。
自分より少し早く旅立っただけ。自分もいつかはそこへ行く。
奥さんからの喪中葉書や、風の便りに亡くなったと聞いた人は、未だに実感が沸かない。
「お~。お前、生きとったんか!」
今でも、例会にやって来そうな気がしてならない。
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by enantio-excess | 2007-01-22 00:42


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